***

「なるほど、そうか。助かったぞ」
 行灯の明かりがぼんやりと照らす座敷の中で、二人がそれぞれに口答を繰り広げた後、そう言ってリボーンが一息つけた。
 リボーンの下には厚みのある座布団がひかれ、その小さな身体を柔らかく受け止めている。自然と大きく余る座布団の右手には、外出時には必ず被っている頭巾が置かれていた。だからこそ普段隠されているリボーンの頭髪が雲雀の目に入る。
 頭巾を取って現れた童子の顔は、より見る者に幼子である事を印象付けるが、その小さな身体から発せられる佇まいはやはり幼子らしからぬものだった。
 雲雀は袖口から手を通して、袖の中で腕組みをした姿勢のまま少し離れた場所に座る童子を見つめる。
 緊張に身体を強張らせることもなく、かといって寛いだ様子もない。あくまで自然な状態でリボーンは雲雀と対面している様子だった。
 ここ三ヶ月の間に何度か顔を合わせてきた雲雀であるが、つくづく不思議な童だと思う。
 まず不機嫌な時の雲雀に近づく者など、そういない。大抵の者は雲雀に睨まれて居竦まる。嬲られる事が明白だからだ。
 しかしリボーンが平然としているのは、彼が雲雀を恐れていないから。折れてしまいそうに細く小さな身体には、雲雀と拮抗する程の力が潜んでいた。否、己以上だと雲雀は気付いている。自分より力の弱い者を恐れる強者など存在しない。
 詰まるところ、リボーンには雲雀を恐れる理由が存在しなかった。その事実は癪であることに違いないが、リボーンとの手合わせは雲雀にとって何よりも心が躍る時間であることもまた事実であった。
 彼との手合わせの時だけ、雲雀は身の内にたなびき続ける古霞を払うことができる。
 目の前の相手にだけ集中することができた。
「ねえ」
 なんだ、とリボーンが視線で問い掛けてくる。
「やろうよ」
 緩慢な動作で腕組みを解いた雲雀は、行灯の明かりに黒曜石の瞳を輝かせて告げた。
 障子が開け放たれたままの座敷の中には夜風が忍び込み、和紙に囲いされた行灯の光がゆらりと揺れる。夜の空気に風のさざめきを聞いたリボーンは、揶揄するように口端を上げて皮肉った。
「随分とお盛んなことだな」
「好きだからね、君とやるの」
「そいつは光栄だ」
 皮肉に返った微笑に、リボーンは肩を竦める。
「いいだろう?」
 コトン、と小首を傾げて尋ねる雲雀は今までの機嫌の悪さを一転させ、高揚し熱を帯びた目で笑った。
 夜の暗闇など関係ない。目で見えなければ、肌で、身体の全身で相手を感じればいい。殺るか、殺られるか。そんな緊迫した空気が好ましい。
 けれどリボーンはその小さな手を片方挙げるだけで、雲雀の高揚した気分を遮った。
「その前に、まだ尋ねたいことがある」
 その言葉に、まだあるのか、と若干気分を害した雲雀は口元から微笑を消してリボーンに言葉の続きを促した。
 リボーンは雲雀を制した手を自らの膝の上に下ろしてから、円らだが軽視できない瞳を雲雀に注ぐ。
「深浦で見つかった鬼の他にも、狩りに出た鬼がいるんじゃねーか?」
 尋ねられた言葉に雲雀は軽く目を瞠目させた。
「……ワオ。よく知っているね」
「山に住むお友達が多いからな」
「へえ? 本当に素晴らしいね、君」
 にやりと意味ありげに笑むリボーンに対して、雲雀は素直に感心してみせる。それから解いた腕をもう一度組み直して、リボーンの質疑に頷いて答えた。
「今回で四人目だよ」
 短く返された雲雀の言葉に、ひゅう、とリボーンが口を窄めて口笛を吹かせた。
「随分と秩序が乱れているみたいだな」
「まあね」
 揶揄するようなリボーンの言葉に、雲雀はむっつりと頷く。
 "狩り"とは、人間狩りのことだ。そしてその人間を狩るのは、いつも雲雀の役目であった。鬼にとって人間は最高級の食材である。だからこそ無用な人間を狩らせないように雲雀が自ら動くのであり、またそれは遙か昔に交わした盟約に準ずることだった。
 一定の期間に、一定数の人間を狩り、里にいる鬼たちに配る。それが盟約だ。
 しかし年明けに雲雀はその盟約を破り、多くの人間を狩って鬼たちに配った。その時に高められていた彼らの鬼の性を思い出して、無意識のうちに眉間に皺が寄る。
 雲雀が『鬼頭』として就いて以来、彼の秩序がこれほどまでに乱された事はなかった。今までは数年に一二回だけ、人間の味に餓えた鬼が一人出てくるようなものであったのだ。それが今回は短期間の間に、しかも立て続けに四人もの鬼が出てきている。
 明らかに年明けに行った狩りの影響だ。
 短期間に甘い蜜を吸い続けた鬼たちの耐性が、著しく落ちているのだろう。雲雀の支配を脱け、理性という名の防衛本能の枷が解かれ始めている。枷が外れた彼らは欲望に忠実だ。
「近頃騒がしていた街道に出る追い剥ぎっていうのは、そいつらか」
「そう。少しは悪知恵が働いていたらしくて、すぐに分かる村の人間ではなく出入りの行商を狙っていた。でも本物の追い剥ぎもいたよ。僕の山に勝手に居着いていたみたいだったから、咬み殺して美味しく頂いたけれど」
 思えばそれが久々の、人間を使った食事だったのだ。
 今まで気分が乗らなかった為に"狩る"ことをしなかった雲雀が用意した、久々の極上の肉。
「本物もいたか。まあ、お前らが奪うのは人そのものだからな。本物の追い剥ぎがいなきゃ、噂になるわけねーか」
 飄々としたリボーンは雲雀の言葉を難なく認めた。
 その淡々とした口調には、雲雀が人間を狩ったという言葉に対して、何の感慨も抱いていない様子だった。これが沢田家光ならば、彼はまるで死者を悼むように一瞬だけ目蓋を閉じる。それだって十分に上等は態度だ。雲雀を苛立たせることがない。
 けれどリボーンは恐ろしいと思える程に、実によく人間と鬼の確執を割り切っていた。
 雲雀はもう何度目になるか分からない感想を、リボーンに対してまた抱く。
 そして続いて脳裏に浮かんだのは、まるでリボーンとは対になるような正反対の少年。小さく、ひどく脆く弱そうな姿をしていた。嘗て見せた気概も一様に見えず、雲雀に射竦められ、顔面を蒼白にして佇んでいた姿は一笑を買った。
 その、あまりにも脆弱なその姿に。どうして三ヶ月前、あんな事を言ったのかと心底不思議に思った。あの時雲雀は、真っ直ぐに自分の眼を見据えてきたあの大きな飴色の双眸に、何かを見出した気でいたのだ。――その自分の愚かさにひどく笑えた。
 守ってみせると宣言してみせたあの小さく弱い子は、知らぬ間に人の命が消えていた事をどう思うだろうか。
 ふとそんな考えが脳裏を掠め、しかし次の瞬間には一蹴して思考を追いやる。
 どうでもいい事だ。そしてそんなどうでもいい事を考える自分自身に、雲雀は苛立たしく眉間に皺を寄せた。
「それで、お前はその追い剥ぎ達を狩ったって言ったか?」
 思考に沈んでいた雲雀は、リボーンの淡泊な声音に浮上する。確認するように告げられた言葉に、雲雀は小首を傾げながらも頷いた。
「そうだけど? それに何かを言われる筋合いはないよ」
「べつに文句を言おうってわけじゃねぇさ。御山に入った人間はお前たちの好きにしていいって決まりだからな」
「なら、何」
 どこか引っ掛かる物言いをするリボーンに、自然と顔は仏頂面になる。
 リボーンは座布団の上で足を崩した姿勢のまま重心を掛け、よりどっしりと重々しい雰囲気を醸し出して居座った。彼の全神経が、今は雲雀に向けられている。
 そうして薄い小さな唇が割られる。
「オレが聞きたいのは、お前がその時に人間を食ったかどうかだ」
 綴られたその言葉に、雲雀はきつく柳眉をひそめた。
「追い剥ぎ共じゃなくてもいいが、とにかく最近、人を食ったことはあるか」
「なにそれ。麓で神隠しでもあったの? それが鬼によるものだと?」
「麓はそれなりに平和さ。そうじゃなくて、オレが聞いているのはお前のことだ。鬼じゃなくてな」
 張りつめた空気をほぐすように含み笑いを零したリボーンは、しかしすぐにまた気を取り直す。黒塗りしたかのような円らな瞳が、真っ直ぐに雲雀を向いた。
「言っただろ。オレには山に住むお友達が大勢いるんだ」
「……聞いたね」
 肯定すると、リボーンがニヤリと笑む。
 けれどすぐに笑みは消えて、微かな緊張が大気に乗り、二人の間を漂い始めた。痺れる程ではなく、しかしほのかに肌を刺していく。
「苛立ちは過去の離愁からか?」
 淡々と告げられた言葉に、雲雀はハッと鼻先で笑った。
「そんなわけないだろう」
「なら、喰え」
 間髪入らずに返った言葉は、ひどく短く放たれた。
 必要以上の気負いを背負わず、リボーンは全てを割り切っていた。だからこそ表情も変えずに、人によれば非道と罵られることを至極何気なく言葉にする。
 黒塗りの童子の瞳が、行灯の明かりに揺られて不思議な輝きを放った。あどけない頬の筋肉を引き上げ、薄い唇が息吹を吹き出す。
 声は大きくはなかった。けれど、ハッキリとその声は雲雀に届く。
「人間を――喰え」
 そう言った童子の黒い瞳が、一瞬陰ったように見えたのは錯覚か。
 それは全ての物事を割り切っていたはずの童子が見せた、小さな躊躇だったのかもしれない。


 五

 放せっ、と幼子は吼えた。
 川を跨ぐように架けられた橋の上で、同じ年頃の少年達に羽交い締めにされながら、必死に腕に抱くものを囲い込んで。その幼子の目の前、不動のように佇む少年はうっすらと笑みを浮かべ、幼子が抱くソレを乱暴に奪い取った。
「何しやがるっ、返せ!」
「なんだよ、これ洗うんだろ。手伝ってやるよ」
「ふざけんな! いいから返せ!」
 歯を剥き出しに、幼子は吼える。
 手を伸ばすが背後から幼子を抑えつける子供が邪魔で、禄に動けなかった。もどかしさに唸り声が響く。
 少年はそんな幼子の様子が可笑しそうに、ニタニタと笑みを浮かべた。手には色が褪せ、異臭を放つ、薄汚れた着物がしっかりと握られている。その手が橋の手摺りの向こうへ移動した。
 ひらり、ひらりと風に吹かれて着物が踊る。
「遠慮するなって」
 にやけた笑みをより深く、少年は笑った。
「――ほら、よ!」
 途端、少年の手を離れて一着の薄汚れた着物が風に吹かれ、舞った。
 幼子は翠色の瞳を大きく見開く。山嶺から流れる川の上に舞った幼子の着物は、ほんの小さな水飛沫だけを上げて濁流に呑まれていった。
 放心した幼子の横で、少年もまた呑まれ揺られていく着物を目で追う。
「あれってさぁ、家畜小屋の中で糞まみれになっていたんだろ。すっげー臭かったもんなぁ。だから、ほら。ああして川が洗濯してくれりゃ、わざわざ糞で手を汚す必要もないってことだ」
 なあ、と横に立つ少年が呼びかけると、クスクスと笑う声が幼子の背後から聞こえた。けれどそれを遮るようにして、鋭い叱咤が少年達の耳に届く。
 幼子の横で見えなくなる着物を追っていた少年が顔を上げ、振り向くと小さく眉間に皺を寄せた。
「げ。母ちゃんだ」
 橋の向こうから桶を抱いて現れた妙齢の女性は、息も荒く肩を怒らせて少年たちを射竦めていく。
「なにをやっているの、お前は! どうして母ちゃんの言い付けをまも」
「あーあーあー! もうっ、そう怒鳴るなって」
「何ですかその態度は! お前たちもよ、いいから早くこっちに来なさい!」
 少年達は互いに少し罰の悪そうな顔を見合ってから、すごすごと幼子を放して女の元へ向かった。ただ女の息子であるはずの少年だけが、帰り掛けに幼子を振り返る。そして、にやりと笑った。
 手の平に爪が食い込む程に力を込めて耐えていた幼子は、その少年の表情にカッと顔を赤らめる。
「なんだよ! 早く行けよ!」
 橋の先でも居残った少年に気づいた彼の母が、少年の名を鋭く呼んだ。けれど少年は適当に返事を返しただけで、変わらず締まりのない顔で幼子を見下ろす。
「お前にひとつ、教えてやるよ」
「てめえに教えてもらう事なんざ一つもねえ!」
 幼子は精一杯に翠色を細めて、にやついた少年の顔を睨み付けた。
 だが少年は大して気に掛けずに幼子をあしらう。
「そう突っ張るなって。今日な、都からお偉い坊サマが村に来るんだとよ。なあ、お前、その意味わかるか?」
 不意に少年の手が、幼子の異色な頭髪に伸びる。幼子はその手を避けようとして、失敗した。ぐい、と散切りに切られた髪を掴まれ、痛みに顔を顰める。
 その幼子の様子に、少年は楽しそうに目を細めた。
「お前を退治しに来るんだよ」
 言葉を、失った。
 目を見開いて、半円を描く月を口元に浮かべる少年を凝視した。それが楽しみで仕方ないと、雄弁に語る少年の目を。
 そうして幼子の鈍色の髪を乱暴に突き放した少年は、自分を呼ぶ母と少年達の元へと駆けていった。
 その背を見送りながら、幼子は下唇を強く噛み締めた。錆の味が口の中に広がる。痛みよりも苦みに顔を顰めながら幼子はもう一度、橋の下を見つめた。川は変わらず水の流れを作っており、落ちた衣服は既にどこにも見つからなかった。
 川面に映る自らの顔を、幼子はそれこそ射殺さんばかりに睨め付ける。
 ――死ねばいい。あいつら全員、死ねばいいんだ。

 ***

 ハッと我に返るように、少年は目を開いた。
 そこに天井を見つけて、唖然としたように瞬きを繰り返す。そして視界を埋めるように広がる天井から、ゆっくりと顔を横に倒した。首を倒すことで枕に詰められた蕎麦殻が動き、頬に枕の平が当たる。
 振り向いた先の障子はしっかりと閉じられていたが、柔らかな陽光が障子を通していて、そのどことなく暖かな空間に少年はホッと息を吐いた。けれど完全に警戒を解くわけにはいかず、上体を起こす。
 そのままぐるりと見知らぬ部屋を見回した。押し入れに、衣装箪笥が一つ。少年の荷物は布団のすぐ傍に置いてあった。
 そうしてはだけかけた襟を直したところでその襦袢が、自分が着ていたものでは無いことにも気づく。自分のものにしては袖が少々短いのだ。
 だけどそれで益々どういう事だと、理解できぬ状況に眉根がきゅっと寄る。少年の最後の記憶は、間違っても人里ではなかった。
 とにかく場所を確かめようと、布団を捲り立ち上がろうとする。その時、前触れもなく障子が開いた。もちろん少年が自分で開けた訳ではない。
 突如として陽光を浴び、目が眩みそうになった。
「う、わあ…」
 目を何度かぱちくりと瞬かせていると、どこか気抜けしたような声が降ってきた。
 人の声に目を細め、障子を開いて現れたその人物を凝視する。しかし、逆光で顔をよく見ることが適わない。ただ華奢な体格と聞こえた声音に、相手もまた少年である事がわかっただけだ。
「日に当たるともっとキラキラするんだ……」
 気抜けした声は更に続いた。意味が分からずに眉を顰めると、正体不明の少年は開け放った障子から座敷に踏みは入ってくる。咄嗟に警戒を露わに構えるが、少年は気にした風もなかった。むしろ、目に入っていないようだ。
 すぐ近く、敷き布団の近くに膝を突いて、少年はじっと惚けたようにこちらを見据える。身構えた少年としては、眉間の皺が深くなるばかりだ。
 何だ、こいつは。
 威嚇するように睨み付けても気づいていない。そこでやっと、少年の視線が己の顔から外れていることに気が付いた。
 視線は、一点。
「……綺麗な髪」
 伸ばされた手をはね除けたのは、反射だった。唐突に手を叩かれた少年は、大きな飴色の瞳をぱちくりと瞬かせて固まった。けれど叩いた本人もまた、思考が停止している。
(今、なんて言いやがったコイツ――)
 綺麗な、なんだと?
 麻痺する思考の中で、切るのを怠けて伸びた髪の毛先が目に入る。色素という色素が脱けきったかのような、白い髪。周りからは気味がられ、自らさえ疎ましく思っているソレを、目の前の少年は一体何と言ったのか。
 正気に返るのは手を叩かれた少年の方が早かった。たちまち頬を赤く染めあげて、顔を俯かせる。
「ご、ごめんっ、変なこと言って! ああもう、俺ってば初対面の人に何を言っているんだか」
「……てめえ」
「うえあっ、あ、あの本当に気にしないで! むしろ気にしないで頂けると助かります!」
「てめえ、今なんて言った…?」
「ひいっ! ごごごごめんなさい!」
 赤らんでいた顔は突如として血の気を失い、青くなった。どうやら此方が怒ったと思ったらしい。
 気弱そうな少年はびくびくと身体を震わせながら、此方の顔色を窺っている。面倒くさいと思いつつ、仕方ないので訂正した。
「別に、怒ってるわけじゃねぇ。さっきの、悪い意味じゃないんだろ」
「……は?」
 反応が鈍い。仄かに頬が染まるのは、はたして苛立ちのせいだけか。
「だから! 綺麗って、誉め言葉じゃねーのかよ!?」
「ほ、誉め言葉です!」
「だったら謝るんじゃねぇ!」
「ひいっ、ごめんなさい!」
 顔を青ざめてまたしても謝られ、どこか釈然としない。けれどそれ以上に頬が火照って仕方がなかった。
 二人して黙ってしまうと、自然と沈黙が流れる。流れる沈黙を埋めるように、鳥の囀りが耳に届く。けれど、やはりそれだけでは居心地の悪さは消えなかったらしい。瞳の色とよく似た柔髪を掻き入れてから、取って付けたように口を切った。
「ええと、あのおはよう……って、もうお昼だけど」
 まずは挨拶からと思ったのか、しかし挨拶をした後に小さく続いた言葉で失敗している。また少年の顔は俯いてしまうが、暫くして気を取り直したらしい。
 大分血色を戻した顔色で向き合う。
「そういえば自己紹介もしてなかったよね」
 はたと、その言葉に面食らった。
 そういえば、そうだった。自分はこの目の前の少年を警戒していたはずなのに、何を暢気に向かい合っているのかと愕然する。ココが何処で、少年が誰で、どうして自分がココに居るのかさえ分からないのに。
 自然と顔の筋肉が強張っていくのを感じた。
 けれど目の前の少年は、こちらの変化に気づいていないらしい。火照った頬を掻きながら、照れたように微笑む。
「俺は、沢田綱吉。君は?」
 無邪気に尋ねられ、ほんの少し躊躇した。
 息を吸って、吸い込んで止めて、吐き出した。
「獄寺、隼人だ」
 答える声は自然と憮然となり、獄寺はむっつりと黙り込んだ。


← Back / Top / Next →