「……まじッスか」
返ってきた選択肢の回答に、山本は唸った。
すると山本と対向する位置でソファーに腰を下ろしていた雲雀がムッと顔を顰めてくる。目を通していた日誌から顔を上げて、優雅に組んでいた足を組み替えた。
「なに。なにか文句でもあるの」
「いや、文句は無いけどさ。なんというか……うん。そっちかー、と思って」
雲雀は既に手元の日誌へと顔を戻している。そしてもごもごと口をまごつかせながら応える山本を、視線だけを上げて一瞥してきた。
「君は違うんだ?」
「うん。俺はヒバリと逆なのなー」
「ふうん」
けれど寄越されたのは気のない相槌だけで、雲雀はそれ以上その話題に興味はないらしい。また視線が日誌へと向けられてしまう。
だが、山本としては興味津々なのだ。
ソファーに深く腰掛けながら、背もたれに寄りかかって上を向く。応接室だとはいえ、天井は教室のものと変わりない。
「そっかぁ、ヒバリはそっちかー……意外、なようなそうでもないような」
まあどっちにしろ、答えてくれただけ僥倖だったわけだが。
山本はすっかり自分の作業に戻ってしまった雲雀を眺めながらそう思う。無視されるか、くだらないと一蹴されても可笑しくなかった。自分でも十分にくだらない問いかけであると分かっていたので。
「なあ、何で? 何でそっち?」
半ば身を乗り出す勢いで、山本は詰め寄った。鬱陶しそうに雲雀が眉をひそめる。
「……君は?」
「え、俺? 俺はそりゃー、なんかゲテモノ感覚でいけるじゃん。店のメニューとかにあったらちょっと頼みたくならね?」
「ならない」
「あ、さいですか…」
間髪入らずに今度こそ一蹴されて、山本は心持ち乗り出していた身を元に戻した。
雲雀はパタン、と目を通していた日誌を閉じてから、顔を上げて山本と視線を合わせる。
「つまり、君のは好奇心ってわけだ」
好奇心。チャレンジ精神。飽くなき挑戦だ。
「ん、まあそうだな」
その通りなので、山本はあっさりと肯定する。
雲雀は心底理解できないと言わんばかりの表情だ。確かに雲雀はわざわざ自分から風変わりな料理を頼むタイプではないだろう。逆に山本は好奇心が旺盛なのだ。
「食べてみたら意外と美味いかもしれないだろ。だったら食べてみないと勿体ねーじゃん」
という信条であるので、昔から食わず嫌いとは程遠い。
「で、ヒバリは? ヒバリは何で?」
首を傾げてヘラリと笑いながら問うと、雲雀の眉間に力が入って眉が寄る。あ、ウザがられているなと思いつつも山本は挫けず笑いながら返事が返るのを待った。
そんな山本の様子を見据えて、雲雀が小さく溜息を吐く。それから膝の上に乗せていた日誌を持ちながらソファーを立ち上がった。そのまま雲雀所定の机に添えられた椅子に腰を下ろして、机の引き出しを開ける。引き出しの中に日誌を仕舞いながら、今度は別のファイルを取り出して机の上に広げた。
「ヒーバーリー、なあってば」
完全に無視される状況に落ち着きそうであるのを感じとった山本は、一変して食い下がるように雲雀を呼びかける。すると元来短気な雲雀の動きがピタリと止まった。それに合わせて山本も口を閉じる。
ギロリ、と鋭い眼光が山本に向けられた。
「君さ…」
「ん?」
「殺されたいの」
今にも立ち上がってトンファーを握りそうな様子に、山本は慌てて首を横に振った。
「いやいやそーじゃなくて。てゆーかヒバリが答えてくれねーからじゃん!」
抗議するように山本が口を尖らせると、雲雀は嘲笑うように鼻を鳴らした。
「なんで僕が答えないといけないの。大体、考えればわかるでしょ」
「えー……」
山本は何とも言い難い表情で頬を掻いた。わかるでしょ、と言われても分からないから聞いているのであって、全くどうしようもない。これでは堂々巡りである。
そんな山本の様子を一瞥した雲雀は、また溜息をついた。今度は先程よりも深く。
「味の保証がある方がいい、て事だよ」
ああ、なるほど。
頷きかけて、しかし山本は首を捻った。
「でも、う○こだぜ?」
「…………」
「カレー味って言っても、う○こであるからには誰かが踏ん張った末の結果だろ? ヒバリ、う○こ食えるのかよ」
「…………」
「あ、でもカレーの固まりだと思えばなんとか……いやでも、やっぱ誰かのケツから出たものだし。それを考えるとちょっとな。ヒバリは気にしねーの?」
「……山本武」
「ん?」
静かに名前を呼ばれ、山本は口を噤んだ。
雲雀は机の上で肘をついて、額を抑えて俯いていた。そのため山本にはその表情を窺うことはできない。
雲雀は山本の名前を呼んだ時同様に、静かに、けれどハッキリと命じた。
「もうしゃべるな」
想像して嫌になった。
2008/2/5 プログより脱稿