最近は、日が短くなってきた。
 夏もそろそろ終わりをつげ、秋に変わりつつある。緑の葉をつけていた木々は早くも色付きはじめ、西から照り輝く太陽が空を真っ赤に染めた。
 その空を見上げながら、オリュンポスに建つ館の前に腰を下ろして、ヘルメスはひっそりと溜息を吐いた。そして先程から自分の前を行ったり来たりと、落ち着きない異母兄を見やる。
「異母兄上、少し落ち着かれたらどうでしょう?」
 声を掛けると、異母兄もといアポロンはせわしく動かしていた足を止め、ヘルメスを振り返った。
「しかし、随分と遅いじゃないか。もうこんなに日が暮れているというのに」
「夏も終わりですからね、日が暮れるのが早くなったんですよ」
「それにしてもだ。いつもより帰りが遅いような気がするぞ」
 それはいつもより早くアポロンがこの場所にやってきて、いつもより長く待ち惚けを食っているからだ。
 そう心の中で呟いたヘルメスだが、口には出さない。ヘルメスが何も言わないでいると、アポロンがまたせわしく動き回る。そして彼の頭の思考は、どんどん突き進んでいった。
「まさか狩りの途中、怪我を負って動けないんじゃ……」
「確かこの前、右足骨折したまま普通に帰ってこなかったっけ?」
「それかまた水浴びの最中に男に覗かれてそのまま襲われているんじゃ……ッ」
「ああ、雄鹿にされたうえ、アルテミスが連れた50匹の猟犬に噛み殺されちゃったっていう?」
 暢気にその時の話を思い出しながら口にするヘルメスに、アポロンが勢いよく振り返る。形の良い眉が吊り上がって、スミレ色の瞳が爛々と光りを放っていた。
 ああ、怒ってる。
「ヘルメース!!」
 近距離からの怒声に、首を竦めた。
「いいか、よく聞けよ。確かにアルテミスは男勝りなところがあるが、歴とした女の子なんだ。今まではたまたま自力で無事に帰ってこれたが、もしかしたら今日は大怪我をして動けずに居るかもしれんだろう。そしたら心細い思いでいるはずだ!」
「ああ、うん、そうだね」
 力説をするアポロンの言葉に相槌を打って、ゆっくりと立ち上がる。縮めていた腰を伸ばして、凝った肩を手で持ちながら首を左右に傾けた。すると小さな音を立てて、首が鳴る。
 それからアポロンの背を押して、にっこり笑った。
「どうせ、また迎えに行くって言うんでしょ。いつものように」
 背をぐいぐいと押されるアポロンは暫し仏頂面で、しかし顔だけをヘルメスに向け笑う。
「当然だ。行くぞ、アルテミスが待ってる」
 アルテミスはただ狩りに夢中になっているだけではないだろうか。そんな事を思うけれど、結局彼女が帰ってこなければお呼ばれした夕飯をいただくことができないのだ。そしてしびれを切らしたアポロンが迎えに行くと言うのは、既に恒例となっている。
 ズカズカと後ろを振り返りもしないで進む異母兄の背を見やって、ヘルメスは溜息やら苦笑がこぼれ落ちた。



2006/11/01 脱稿